【 備 中 】
鵜江神社
− うこう(うごう) じんじゃ −
鎮座地
岡山県小田郡矢掛町小林(オバヤシ)1857 (字・僧都)     
祭神

吉備津彦命(キビツヒコノ ミコト)   

創建

1467(大同2)年  

由緒

大同2年(807)創立。吉備津彦を奉斎する元・小林村総鎮守。
文明2(1470)年の古書に(弘仁年中(810年頃)「玄賓僧都曽って此の地に巡錫し鎮守の森に隣りて草庵を結ぶ」とある。
また、江戸中期頃に同町東川面の大元鵜江神社の分社として再建されたといわれる。

富札の信仰は氏子崇敬者はもとより庭瀬藩よりも度々御慕、神刀等の奉納があった。
明治より大正に亘る合祀勧告により余儀なくも文書上の合祀整理をなしたが、年々の祭儀は往古より現在まで執行している。
奉仕神職も創立当時より鳥越大宮司家の世襲である。

-岡山県神社庁HP、式内社調査報告より-

[ 詳細 ]

御利益
家内安全・當病平癒・五穀豊穣  
駐車場
50台程度あり
アクセス
小林バス停から徒歩約20分。矢掛駅から北西に約3km。   
備考

式内社(分社)。 岡山県神社庁加盟

参詣日
06/3/24 (07/02/20 UP)

■コメント 
急な石段を登る(横に簡易舗装の車用の参道あり)と鳥居があり、その後ろには境内社。 そしてまっすぐ参道が続き山中へと少しずつ入っていく。 ここからはそこまで急な道ではない。 途中、大きな境内社・小野神社がある。 鳥居・簡素な拝殿と本殿がある。
そのまま進むともうひとつ小さな境内社がある。 さらに進むと隋神門があり、その横が駐車場になっている。
もう少し進むと石段があり、隋神門をくぐって境内に到着。

隋神門から本殿まで回廊があり、拝殿は回廊と一体になったような珍しいもの。
境内には境内社が多い。

西川面の鵜江神社や大元鵜江神社は『ウノエ』と呼び(住民は通称で『ウコウ(ウゴウ)様』とも呼ぶ)、この神社は『ウコウ(ウゴウ)』と読む。
住民の通称ではウノエ様とも呼ばれる。

『式内社調査報告』によると、社伝では大同2(807)年の創建とされているが、大元鵜江神社の明細書には「寛文10年再建、願主本村(川面村)並に小林村総氏子中、その後小林に分社す」とあり、式内社・鵜江神社の元の鎮座地だったといわれる大元鵜江神社の江戸中期頃の分社である可能性が強いとする。

【 参道口 灯篭 】



 
 

【 参道 石段 】

結構急で長めの石段。
この左横を簡易舗装された急な坂道が通っており、
途中まで車で行ける。
 
【 参道 鳥居 】

 参道を登ってすぐのところに鳥居と狛犬。
ここからは矢掛町中心部が眺められる。
 
【 参道 狛犬 】

 
  
 
【 参道 鳥居 】

そんなに急ではないが長い参道を歩いていくと、
再び鳥居が現れる。
 
【 参道 石 】
 
鳥居のすぐ後ろ。 境内社の反対側。 
 
 
【 参道 境内社 大国主命社 】

鳥居のすぐ後ろにある。


【 参道 境内社 中野神社 】
 
 しばらく進むと今度は、ひとつの神社とも思える、
大きな境内社が出現 。
 
【 参道 境内社 中野神社 】

鳥居も建っている。境内社としては大きい。

 
【 中野神社 拝殿 】

簡素だが拝殿もある。
元々ここにあった神社か、他所からの移したのか。
 
【 中野神社 本殿 】

本殿は改装中だった。

【 中野神社 本殿 】

 
 
【 参道 境内社 】

 
 
【 参道 随神門 】


 随神門も工事中だった。
門の横は道が広くなっており、駐車場と思われる。

【 手水鉢 】

ただの水道。 しかし横に手の清め方の看板があり、
これでも手水鉢のようだ・・・
 
【 境内 随神門 】

手水鉢のところから石段を登ると境内で、
立派な随神門 がある。まだ新しい。

 
【 随神門 内部 】

 
 
【 随神門 内部 】
 


【 回廊 】

随神門から本殿へと回廊が続く。 

【 拝殿 】


 
【 本殿 】

回廊と拝殿が一体になったような変わった造り。
 

【 本殿 】
 

 
【 境内社 黒丸神社 】

 
【 境内社 黒丸神社 】

 
【 境内社 】

左:木野山神社、右:荒神社
 
【 境内社 】

左:愛宕神社、右:龍王神社
 
【 宝物庫 】

 
【 境内の様子 】

 
【 参道から見た境内の様子 】

 
【 周囲の風景 】

 
【 周囲の風景 】


 
 
 
【 参道口からの眺め 】

参道の石段を登って、鳥居の前からの眺め。
矢掛町中心部が見える。
[ 拡大写真 ]
 

鵜江神社  −うこう(うごう) じんじゃ−